宝塚に恋をして

私が恋した宝塚について徒然に。。

心中・恋の大和路 ~忠兵衛の存在感~

1幕、特に前半の忠兵衛はあまりパッとしない。何度見てもパッとしない。

それが2幕では生き生きと輝いていて。しかも破滅へと向かわざるを得なかったんだということが1幕でのエピソードの諸々から納得してしまう。

2幕の説得力が1幕にあることに2幕になって気が付いて唸ってしまった。

 

1幕で登場してきた忠兵衛は白いお化粧も相まってか物凄く違和感のある存在に感じた。特に亀屋において。

亀屋の主人の筈なのに亀屋にいる姿が一番違和感があるからか、そら忠兵衛は養子に貰われてきてから真剣に商売をやってきた感じが一切なかった。

番頭の伊兵衛が上手く取り仕切ってきてくれていて名ばかりの主人だったんだろうなとしか思えなかった。

それはおまんとのやり取りからも感じたことで、商売において頼りになるという存在感が一切なかった。

 

壮忠兵衛と天舞音おまんのやり取りは、自分の仕えているお店の主人に褒められたのが嬉しくて更に頼まれごとをされた特別感もまた嬉しくてという感じが表れていたから、亀屋の中心にいる主人という存在感があったのだけれど、愛羽おまんは、あーまた遊び人の主人が何か言ってきたよ‥みたいないつも感と面倒なことを感が微妙に漂っていて、亀屋においての忠兵衛の存在のなさを殊更に感じてしまった。

 

この作品は、冒頭飛脚のダンスと忠兵衛の歌う「旅人夜道を急げ~♪」から場面が亀屋に切り替わり、丁稚の「いらっしゃいませー!」になる流れが天才だなって思っていて亀屋の日常がそこから始まるんだけれど、そこには忠兵衛がいないというのが全てを暗示しているようにも感じた。

そして亀屋の日常にいない存在なのだから、亀屋にいることに違和感があって当然なんだよなという。辻褄が合う。すごい。

 

「心中~」は再演を重ねている作品なので比較ができけれど、複数回されていて更に初演がかなり前なので〇〇さん版が正義という意見が出にくいのが良いなと思っている。

私は今回しか劇場で観ていなくて前回は映像でしか見ていないのだけれど、和希さんと壮さんの忠兵衛は同一人物とは思えないくらい存在感が違った。

壮忠兵衛はしっかり商いをしてきたれっきとした亀屋の主人に見えた。だから1幕が輝いていた。それが梅川と恋仲になってしまったことで運命の歯車が狂い身を持ち崩してしまったという切なさが際立っていたように思う。

逆にそら忠兵衛は破滅しか行く道がなかった。なるべくしてなった結末でそれはハッピーエンドの究極の形にも思えた。現世では行き難かったそら忠兵衛と夢白梅川がようやく辿り着いたユートピアにも思える多幸感溢れる結末に感じられた。

 

それぞれの役者の持ち味を生かした演出をして、同じ筋書きなのに別の物語のようにも感じ更に宛書のようにも思えるのは座付き演出家のなせる技なんだろうな。

そしてもしかしたら、和希さんが雪組に馴染みきらない段階だったからこそ出来上がった忠兵衛なのかもしれないなとふと思った。